大潟村情報発信者の活動状況

Aさんの入村生活

感想

入村してから12年が経とうとしています。東京で保険の代理店を立ち上げ、経営も安定し仕事は順調でした。結婚もして、東京の生活に不満など一切ありませんでした。しかし、大潟村と出会いました。直感的に「ここに住みたい」と決めました。あのときの感動は今でも色あせていません。壮大な田園に美しい花々、鮮やかな自然に囲まれて人々は和やかに暮らしています。全国から入村した村民は個性豊かで、何のつてもない私を優しく受け入れてくれました。
水上スキー場の環境はすばらしく、誰でもすぐに滑れるようになります。今では全日本にジュニアの選手が出場するようになりました。この環境を多くの人に知ってもらうため、大学生の合宿や小学生のホームスティ、国際交流など様々な機会を設け、わが家に泊まりに来てもらっています。「大潟村にまた来たい」と思う人が増えるように、活動を広げていきたいと思っています。

活動状況

  • 水上スキー場の設営・管理・練習の指導・合宿誘致・講習会の開催・大会の運営・全国大会への参加を通して大潟村をアピール。
  • 大潟村公民館主催による村民水上スキージュニア講習会を実施。
  • 大潟村のイベントに伴う民泊の受け入れ。
  • 小学生の夏休みホームスティ。(東京、埼玉、岩手から来村)
  • 秋田大学留学生との交際交流。(モンゴル人・ケニア人・台湾人が来村)
  • 日本語学校に通う外国人英語教師との交流。
  • 秋田県立大学生との交流。
  • はちろうプロジェクトに参加し、八郎湖再生に協力。
  • その他・・・講演・講師
ジュニア講習会の様子
ジュニア講習会の様子
庭のそり遊びで大喜び!
庭のそり遊びで大喜び!

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Bさんの入村生活

感想

余禄の人生をこれからどのように過ごそうかと模索していたときこの制度を知り、2000年4月に認定された。大潟村に居を構えて早10年が経過した。大潟村に来てから趣味の世界を拡げようと、子供の頃から夢見ていたラジコン飛行機のフライトを試みた。しかし、当初は墜落そして修復の連続で、少し飛ばせるようになってからも目の届かぬ処に逃げられてしまう始末。庭に隣接する広場から滑空できるようになるのに3年ほどの歳月を必要とした。鉄道模型も憧れの一つでレール幅45mmのGゲージを居間に敷き、夜部屋を暗くして車両の窓から漏れる薄明かりで浮彫になった列車を見ているといつしか幼い頃にタイムスリップし心が和む。干拓地であることから遮るものが少なく風当りはいくぶん強いが、大潟村の道路にはほとんど坂がない。この環境は30数年前から親しんでいるサイクリングにはとても好都合である。オーディオも楽しみの一つで、昨年はLP回帰の年になった。また、昨シーズンから始めたゲレンデスキーはいま私を虜にしているが、これはオールドパワー(大潟村の年配者が結成したスキークラブ)の仲間が誘ってくれた賜物である。さらに、秋田市内に住む息子家族は週末を大潟村で過ごすのを何よりの楽しみにしており、これは大潟村の豊かな自然に魅せられてのことと感じる。

活動状況

大潟村には何事にも積極的な人が多く、沢山の交流会がある。私を仲間に入れてくれているそれらは、現時点で

  • 大潟の自然を愛する会
  • 昭和10年 亥年の会
  • 梅林オーナーの会
  • 福くるみの会
  • 歩くスキーの会
  • オールドパワー

である。私の専門が機械工学であることから、機械技術にまつわる講演を

  • 公民館公開講座
  • オールドパワー月例会
  • 耕心会学習会

で行ったことがある。また、エネルギー問題などの村の委員会委員に委嘱されたりもしている。趣味の合間に、これまでの研究の延長として

  • 数理塑性に関係して、金属の延性破壊規準、土質の変形挙動解析法
  • 免疫医学の統計処理

などについて思索を続けてきた。これらに関して国内外の学会で大潟村転居後も数編の論文が掲載された。

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Cさんの入村生活

私は在京の大手新聞社に報道カメラマンとして勤務をしてきました。「大学紛争」や「浅間山荘事件」、「日航機墜落事故」などの事件・事故や、「日曜版」などの企画連載のため、国内や海外で激動の時代を見つめ、記録してきました。2004年の60歳、転勤先の名古屋で定年を迎えました。

その後の2年間は、定年後の生き方を模索する期間として、「名古屋市災害対策委員」や「市区政協力委員」などの地域活動にも力を注いできました。
名古屋は暮らしやすい街でしたが、土や緑がある生活への欲求が止み難く、移住先を探し始めました。偶然目にも目にしたインターネットで、「大潟村情報発信者入村事業」の情報を知りました。

平成17年3月、「情報発信者」として大潟村への移住を認められ、名古屋を引き払い「終の棲家」を建て、新たな人生のスタートを切りました。かつて大潟村へ入植された方々と通ずるものがあるかと思っています。

村内でもよく見知らぬ方から、「一体どんな暮らしをしているの?」と聞かれることがあります。「日により多少の違いはあるものの、午前中は情報発信者として移住以来継続している『ホームページ・大潟村日記』の作成や更新。そして新聞購読や読書などを。午後は写真撮影や健康のためのウォーキングなどの屋外の活動の暮らし。1日あと2時間ほど欲しい」と答えていますが、これは本音です。

特に、大潟村役場公式ホームページ『情報発信者のサイト』にリンクしている私の「ホームページ 大潟村日記」と、「ブログ 風の便り」には全力を注いで現在発信中です。「昔取った杵柄」のせいか、この情報発信作業は、私にとってはこの上もなく刺激的で充実した作業です。これらの情報源の多くは、私が所属する大潟村の団体やグループである「写真クラブ」、「木炭水質浄化研究会」(通称『炭焼きの会』)、「山友会」、「歩くスキーの会」、「大潟の自然を愛する会」などからです。村の方々との交流を通じて体験したことが中心ですから、村がその時々に直面した問題や話題を記録していると確信しています。大げさに言えば、大潟村や日本が直面する問題や出来事を、自身が撮影した写真と文章で発信しています。この「草の根的な日々の暮らし」こそが、この制度の目的である「入村制度」の精神に根ざしていると自負しています。

「本職」である写真については、「全日本写真連盟秋田県本部名誉顧問」という肩書を頂戴しました。更に、2か月に1度の割合で開催している、「同連盟秋田中央支部」の例会では作品の講評・指導を。また毎月、「同連盟北見支部」と「青森支部」会員の写真作品についての講評・指導をしています。
「山友会」ではその一員として、毎年実施される「村民登山」や子供たちの公民館行事「きらきら塾」に協力しています。山仲間と県内や県外登山に参加しますが、山歩きは健康にも最適。「山友会」では多くの友人を得ました。下山後の温泉と「反省会」がまた楽しみ。この喜びのために苦しい山歩きをしているようなものです。

先日は北欧の杜で開催された「県民歩くスキーのつどい」に、「大潟村歩くスキーの会」として参加し5キロを完走しました。ただ当日は「大潟村芸文祭」と重なり、「写真クラブ」として写真展には参加できましたが、公演部門を見ることが出来ず、ブログで全体を紹介できない事が悩みの種に。

「木炭水質浄化研究会(通称炭焼きの会)」の活動も、“村の松くい被害の松の樹を炭にしよう”という発想に惹かれ、移住後すぐ仲間に入れていただきました。
炭自体の効能も興味深く、干拓地の大潟村らしい水質浄化の取り組みにも加わり作業をしています。作業の合間には、炭焼窯の傍らの木の根っこに腰を下ろして囲む「ガッコ茶っこ」が、村の方々との気持ちを通わせる楽しいひと時になっています。

更に数年前から、村の「梅の木」オーナー制度に登録し、「梅林オーナーの会」にも名を連ねました。冬の選定、初夏の収穫作業などに関わります。この梅は自分で「梅漬け」として漬け、健康食として食卓を飾ります。

健康維持のため毎日、村の外周をウォーキングしています。
その途中、「この野菜を持っていきなさい」と声をかけられる事があります。
そのような時には、月日を重ねて村の方々と築いた交流の輪が広がり、本当に移住が正しかったと確信が出来、うれしくなります。

この地方には「何にでも加わること」を揶揄する方言がありますが、どうも最近の私にもこの傾向が見られます。つい最近も、健康管理上「スイミングクラブ」に入り、水泳を始めました。「書道」にも強い興味があり、本当は指導を請いたいのですが、これ以上手を広げる事は自分のスケジュール管理が出来なくなる恐れがあり、自重しています。

私にとって「入村制度」はあり難い存在ですが、一方では高齢化の波に見舞われ、定員を満たすに至っていません。しかしこの事業の理想は、「様々な業種、職種の人たちが村に住み、共にコミュニケーションを持ち、学びながら日々暮らす」という事にあると思っています。日々、年々、知り合いが増え、教えていただくことが多く、充実した日を送っています。

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Dさんの入村生活

2001年に文化情報発信者〔彫刻家〕として入植しました。まもなく12年目を迎えます。
私の場合、「退職後の余生を」という考えは全くなく、それまで続けていた創作活動をさらに意欲的に続けるための最高の環境を求めた結果の入植です。
前のアトリエも狭くなり、周囲に住宅が密集してきて、電動工具の使用なども「自主規制」せざるを得なくなり、自由な活動がしにくくなってきたそんなとき、この制度(当時は「文化情報発信者招へい制度」)を紹介され入植をすすめられました。
ちょうど求めていたところに、この「オファー」ですから迷わず応募しました・・・どんな経過によるかは今でもよくわかりませんが、とにかく多くの村民の皆さんに歓迎されての入植でした。(当時の制度では経済的な支援(3年間)もあったため、それをアトリエ建築費用の一部にあてることができました)アトリエは自分が使いやすいように建てました。おかげさまで、電動工具の音も、マキストーブの煙も、木クズの散乱もまったく気にせず、誰にもめいわくをかけず思いっきり自由に彫刻制作ができます。
この広い大地で自由に思索し制作できる幸せは他ではけっして得られません。
まさにここは彫刻家の私にとっては天国です。
ここから、私は村内はもちろん県内・外、時には外国を舞台に制作と発表の場を求めて活動しています。そのために私はよくアトリエを留守にしますが、村民の方々はこの事情をよく理解して下さっています。
一村民として、あるいは指導者~講師として、各種サークルに参加し、村民の方々との交流を楽しんでいますが、私の主要な任務は、彫刻家の私にしかできないことをやることであると考えています。その具体例の一つが、「大地の家族」像モニュメントの制作(2009)でしたし、このたびの「鎌田俊夫彫刻展~回顧と展望~」(2012.2.11-15)です。この両方とも多くの村民の方々の献身的な協力なしには実現し得ないものでした。感謝あるのみです。
私の場合、なにか他の「文化」を伝える媒体としてではなく、文化の本体として、自らの責任を果たしたいと思います。

~活動状況~ 今現在行っていること、あるいは最近行ったこと

村内

  • 「大地の家族」像モニュメント原型制作~建立
  • 公民館サークル講師(デッサン、水彩画)
  • 幼稚園での特別授業
  • 博物館や自宅アトリエでの個展
  • 「チュウヒ」像制作
  • 「チュウヒ」Tシャツデザイン

県内

  • 秋田美術作家協会展(日韓交流特別委員長)
  • 二紀会秋田支部展(秋田支部長)
  • 県秀作美術展
  • 秋高同窓会館あるいは県立美術館での個展

全国

  • 二紀展(六本木、新国立美術館)
  • 二紀受賞作家展(銀座)
  • 二紀会員展あるいは春季展

世界

  • ルーマニア・クライオバ国際彫刻フェスティバル(招待参加)(クライオバ)
  • 日韓交流展(招待参加)(ソウル)
  • 日韓交流・済州国際現代美術祭(ロシア・クラスノヤルスク)6月予定

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Fさんの入村生活

M・M氏の大潟村情報発信者制度応募への薦め

自宅外観

今日本人にとって何が幸福か?【幸福論】が静かなブームとなっている。
溢れる情報、利便性に富んだ生活、しかし心の交流なき孤独な暮らし、人生の未来が見えない現代社会において幸福とは何だろう。
今進行している時代の潮流、それは「都市と農村の交流」つまり、「田舎暮らし」ではなかろうか。大潟村情報発信者入村制度を活用し、思い切って大潟村に行こう。
平成5年に発足したこの制度は、今年で丁度20年を経過した。17名の募集に現在10名が入村、7名の枠がある。
大潟村は、日本第二の湖八郎潟を干拓し、日本のモデル農村として形成され、50年を経て日本のオランダといわれる理想郷となった若い村である。
その大潟村の別荘地と見まごう一等地、200坪余の宅地(700m2・無償貸与、7年後無償譲渡)に思い切って瀟洒な洋風の家を建てよう。
村民の邸宅と張り合うことはない。小さくても景観にマッチしたものであればかまわない。
建物以外の宅地には花壇と野菜畑をつくろう。そして、わが国は珍しい植物性腐食土層から湧き出るモール温泉・ポルダー潟の湯で汗を流そう。3年間は温泉の無料入浴券が支給されるし、70歳以上になれば生涯無料券が貰える。
全国から集まっている村民は、閉鎖意識はなく、開放的で親切だ。村民の年間所得は東京都に次いで全国2位、多趣味で大潟村ルネッサンスを謳歌している。3,300の人口にしてスポーツ・文化のサークルのその数は群を抜いて全国に誇る。
最近首都圏から、500人の移住構想がマスコミで報じられ、話題となった。
村民と交わり、これまでの人生で得た経験を、また特技を大潟村で生かそう。
大潟村で第二の人生を送ろう。思い切って、大潟村情報発信者制度に応募してみよう。
そう決めたら、きっと第2の人生が明るく開けること請け合いである。

※M・M氏は平成9年、文化情報発信者(当時の名称)第3号として認定され入村

M・M氏の現状

【大潟村哲学塾】の開催・・・情報発信者活動支援金年間10万を受給。
年間6~12回開催。対象 大潟村2・3世

  • 【大潟村インターネット学校菜園】顧問・・・学校菜園学習支援担当
  • 【大潟村シルバー人材センター】登録
  • 【大潟村耕心会】会員、※耕心会=大潟村年金受給者協議会
  • 【拓邑会(俳句会)】会員・・・月1回の定例会
  • 【大潟村川柳会】会員・・・年4回の定例会
  • 【スキーの会・オールドパワー】・・・随時
  • 教育委員会生涯学習講座講師・その他サークル活動講師

※干拓博物館西に大潟村インターネット学校菜園と隣接する「大潟村市民農園(2アール)」の貸与を受け、譲渡された宅地は、ハウスと庭・花壇とし、貸与された市民菜園(1区画年間千円)を『M自然菜園』と命名、野菜専用畑として収穫した野菜を加工食品(発酵食品)にするなど多様に活用して楽しんでいる。(趣味と実益・健康の効用がある)